東武鉄道が取り組む「埼玉への移住促進」大作戦


埼玉県内の住宅地を走る東武東上線の電車(写真:naonao/PIXTA
超高齢社会・人口減少社会と言われ始めて久しい。東京圏ではまだ人口が増加しているものの、長期的には減少に転じるとみられ、沿線人口が収支に直結する大手私鉄各社は「選ばれる沿線」となるためにさまざまな取り組みを行っている。
各社それぞれの手法で取り組みを行うなかで、中古住宅の「住み替え」を支援することで沿線外住民の関心を惹こうとしているのが東武鉄道だ。2016年から埼玉県と組み、同県内への住み替えを支援する「もっとずっとプロジェクト」を立ち上げ、自治体と協働で若い世代を取り込もうとしている。
「自虐ネタ」で話題の映画『翔んで埼玉』がヒットするなど、注目度の高まる埼玉県。この取り組みの中身と狙いに迫ってみた。

ターゲットは子育て世代

東武と埼玉県は2016年11月に「東武鉄道沿線における子育て世帯等に対する県内への住み替え促進と沿線地域の活性化に向けた相互連携に関する協定」を締結し、埼玉県内の東武沿線に新しい住民を呼び込むための取り組みを始めた。それが「もっとずっとプロジェクト」である。
現在その中で行われているのが「住み替え支援」だ。この取り組みでは一般社団法人「移住・住みかえ支援機構」(Japan Trans-housing Institute、以下JTI)の制度を利用する。もともとこの「住み替え支援」は2006年から始まったプロジェクトで、シニア世代が建てた一軒家を、家賃保証のもとで借り上げるものだ。そして主に子育て世代へ、3年の定期借家として貸し出す。
家賃保証はJTIが家賃から貸主側へ支払うお金を差し引いた分を積み立て、一般社団法人「高齢者住宅財団」の基金で債務保証も行う。また、耐震面でもJTIの仕組みを利用する際に耐震診断・保証を行う。
この仕組みで、子育てを終えたシニア世代の田舎暮らしやまちなか居住といったセカンドライフと、これから子育てを行う若い世代の双方を支援している。シニア世代はサブリースで家賃保証があるために家賃収入の心配がいらず、子育て世代は安値で一軒家を借りることができるのがこの制度のメリットだ。そして、空き家対策やストック活用にもつながる。

では、東武はなぜこの取り組みを始めたのだろうか。
そこには空き家に対する危機感があった。埼玉県の空き家は35万戸で全戸数の10.9%(2013年時点)。2008年に比べると約1万4000戸も増えている。こうした空き家の増加は当然人口減少につながる。
ただ、空き家の問題は私鉄だけで解決できることではない。そこでまず東武がJTIの取り組みに2015年から参画し、それから同じくJTIに協賛する埼玉県へ声をかける形で協定が締結され、相互連携に基づくプロジェクトである「もっとずっとプロジェクト」が始まった。
そして2017年度には実際に貸したい側の高齢者への働きかけを開始。7日間で計129人が説明会にやってきたという。貸したいというニーズはそれなりにあり、特に東上線沿線で高いようだ。

相互直通を生かして沿線外にPR

ただ、この取り組みは貸し手側と借り手側がマッチングしなければ意味がない。そして、沿線人口を増やすためには沿線外の住民に「借り手」として来てほしい。ではどうするか。そこで白羽の矢が立ったのが東武の「電車」だ。

住み替え支援事業の説明会の様子(写真:東武鉄道

幸いにも東武スカイツリーライン東京メトロ半蔵門線東急田園都市線に直通し、東武東上線東京メトロ有楽町線副都心線東急東横線みなとみらい線に直通する。車内広告を行えばかなり広範囲に認知してもらえる可能性が出てくるのだ。
そこでスカイツリーラインを走る1編成を丸々広告ジャックするなどの積極的な広報活動を行っている。ちなみに、埼玉県は「もっとずっとプロジェクト」においては県のWebページやアプリで情報発信をするほか、市町村との連携調整などを行っている。
借り手側への説明会は沿線外各地で行い、こちらも関心が高いようだ。また、移住者への関心が高い市町村を埼玉県に紹介してもらい、ツアーも企画している。1回目はときがわ町越生町を訪れるツアーで36人が参加、2回目は今年3月初旬に加須市羽生市へ向けたツアーを行った。

課題もある。相談会やツアーに来た人が東武沿線に魅力を感じて住んでくれるとしても、最終的に東武沿線に住むところまで至っているのかは完全には把握できない。なぜなら相談会やツアーに来た人のその後の住み替えの足取りを追うのは難しいからだ。
東武鉄道はグループ傘下に東武不動産を抱え、不動産鑑定やJTIの制度に対する仲介も行っている。しかし東武沿線に移り住む人の中には東武不動産以外の不動産会社を利用する人もおり、逆に相談会やツアーと関係なく東武不動産の仲介で制度を利用する人もいる。これは貸し手側も同様である。
そのため、取り組みの成果を測るために重要な「取り組みによって住み替えた人」の数が把握できない。埼玉県も、このプロジェクトによって案内から住み替えまで至った世帯数の把握を課題と感じているという。
その点について東武の担当者は次のように説明する。
「この住み替え支援の取り組みは、沿線に定住するきっかけをつくるための1つのメニュー。最終的に東武線沿線に住む人が増えればグループ全体の利益になるので、長い目で見ればプラスとなる」

メリットは「協働」そのもの?

ただ、東武がこの取り組みをしている大きな理由はほかにもあるように思える。それは埼玉県との「協働」そのものだ。
今回の「東武鉄道沿線における子育て世帯等に対する県内への住み替え促進と沿線地域の活性化に向けた相互連携に関する協定」の締結でのメリットを尋ねたところ、東武の担当者は次のように答えた。
「埼玉県のほうから移住に熱心な自治体を紹介してもらえる。そういったところは弊社ではわからないし、県と接点を持っていることで効率的に情報を得てやっていけるようになった。
また、県は住宅課だけではなく、ほかの課にも参加していただいている。その中で住み替え支援だけでなく地域支援もやっていこうという話になっている。そして、埼玉県とつながりができたことにより電話一本でやりとりができる関係となったというのは大きなプラスだ」
埼玉県の側からしても「鉄道事業者と連携することにより、子育て世代などの県内への住み替えを促進するために効果的な支援制度を広域的に情報発信できる」(埼玉県都市整備部住宅課担当者)という点でメリットを感じていると言い、双方の弱いところを補い合えているように見える。それは大きな収穫なのではないだろうか。

今後「もっとずっとプロジェクト」はどのような方向に動いていくのだろうか。東武の担当者は「今はまだ『種まき』の時期と思っている。成果はこれから出てくるだろう。基本的には来年度以降も広報を厚くしていく。そして県との接点もできているので、そういったところも絡めたイベントやセミナーを行っていきたい」と語る。
つまり、現在の取り組みは私鉄と自治体連携の第一歩だというのだ。そして今後は「住み替え支援にとどまらず、県内の老朽化した団地の再生や埼玉県内の大型開発プロジェクトを一緒になってやるなど、最終的にはそういったところまで共に取り組みたい」(東武担当者)という。筆者としては東武の狙いはこちらにあるのではないかと感じる。
埼玉県の東武沿線にはニュータウンや団地が多い。草加市にある松原団地のように建て替えの進む新しい団地もあるが、古い団地は高齢化が全国平均よりも速いペースで進行している。今回の住み替え支援はこうした大きなインパクトのあるまちづくり・まち再生の取り組みをする第一歩といっていいだろう。

今後のカギは「埼玉らしさ」

とはいえ、こうした公民連携の取り組みはほかの在京大手私鉄も行っている。実際、東急電鉄は3月6日に大田区と「地域力を活かした公民連携によるまちづくりの推進に関する基本協定」を締結しており、まずは池上エリアで遊休資産のリノベーションをはじめとした取り組みを始める。
これは、社会資本ストックを活用したまちづくり・まち再生という面から見れば東武の住み替え支援と似通ってもいる。だからこそ、住み替え支援だけではないさまざまなメニューを展開していく必要があるだろう。
始まったばかりでまだまだ成果もこれからの「もっとずっとプロジェクト」。今後はより多彩なメニューを展開することがプロジェクト成功のカギだろう。そして、その中では「東武らしさ」、そして「埼玉らしさ」といったコンテンツが重要になってくるはずだ。


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