JR7社の「収益格差」どうすれば解決できた?


国鉄の分割民営化から昨年で30年。旅客会社間の収益格差は依然大きい(写真:T2 / PIXTA
現代の世の中は変化が激しく、十年一昔どころか「一年一昔」と言ってもよいほどの状況だ。重厚長大で、どちらかというと20世紀の産業遺産のようにとらえられる鉄道も例外ではない。レールの上を鉄の車輪を装着した車両が走るという、一般的な鉄道という形態そのものは19世紀から変わっておらず、これからも同じ姿を保ち続けることだろう。
だが、鉄道の役割であるとか、もっと言えば必要性は未来の社会の動向に応じて変化していくことは間違いない。大手・中小の各私鉄や公営、第三セクターの鉄道と比べると、JR7社は営業エリアが広大で組織も巨大だ。ただし、これからも安泰かというと、そうとは言い切れない。

JRはどのような理念で発足したか

一般にJR北海道JR東日本JR東海JR西日本JR四国JR九州JR貨物と呼ばれる7社は2017年4月1日に発足から30年を迎えた。JR7社の姿はいまでこそ空気のように当たり前に感じられるが、国鉄時代には想像もつかなかった。分割民営化の計画が発表されたときでさえ、少なくとも筆者にはその全貌をつかめなかったことを覚えている。それだけ現実味に乏しかった。
政府が1983年6月に設置した日本国有鉄道再建監理委員会(以下委員会)は、国鉄の分割民営化案を策定し、1985年7月、中曽根康弘総理大臣に答申する。答申書は「国鉄改革に関する意見―鉄道の未来を拓くために―」という題が付けられ、国鉄はなぜ分割民営化されなければならないのか、そして新たに誕生する今日のJR7社はどのような姿とするのが最良であるのかといった点がいま読んでもわかりやすく説明されていた。
国鉄の分割民営化についていまひとつ理解できなかった筆者は一般にも公開されたこの答申書をむさぼるように読んだ――。
と、言いたいところだが、実はざっとしか目を通していなかった。しかし、改めて熟読すると、いまさらながら大きな発見を得ることができた。というのも、JR発足から30年という歴史を積み重ねてきたなかで、JR7社がどのような理念で送り出されてきたかがつぶさに理解できたからだ。
国鉄を分割する際にさまざまな案が出されたなか、なぜ今日の姿に落ち着いたのか、そしてそのほかの案はなぜ採用されなかったのかが詳しく記されている。資料としての価値は極めて高く、そしていまでは目に触れる機会も少なくなった文書なので、少々長めに引用しよう。
当委員会は、これらの要請を総合的に勘案し、様々な角度から分割案を検討した。
例えば、地域的になるべく小さい経営単位に分割する観点から、現在全国に30か所ある鉄道管理局(北海道、四国、九州及び新幹線の各総局を含む)を基礎としつつ、ある程度これを統合した形の分割案について検討した。しかしながら、鉄道管理局を基礎としたこのような分割案では、技術上の問題が大きく、収益格差が著しい上に、安定経営のための基礎となる路線を持たない事業体が相当数出てしまう。
「これらの要請」とは、経営単位は小さくして地域に密着させる一方で、利用者には会社間の乗車という不便を極力排除して利便性を図るというものだ。大きく2つに分けられる要請は実は矛盾も含んでおり、この点が分割の難しさを物語ると同時に、いまに課題を残した。
国鉄の鉄道管理局が受け持つ範囲は、今日のJR旅客会社6社の事業本部や支社と同じと考えてよい。今日のJR東日本の東北地区には仙台支社、盛岡支社、秋田支社、JR仙台病院、東北工事事務所の5支社があり、これらのうち、仙台、盛岡、秋田の3支社はそれぞれが鉄道管理局だった。
筆者は拙著『JRは生き残れるのか』の本文中でJR東日本の東北地区を分社化するという案を出している。筆者が出した案は当時も検討されていたが、「安定経営のための基礎となる路線を持たない」ために却下された。しかし、筆者はいまのような会社内の収益格差こそがJRを将来苦しめると考えて、なるべく地域に根差した営業エリアを提案したい。

線区での分割は「不自然」を生む

安定的な経営基盤確保の観点から、従来の線区区分を単位として、事業体間の収益格差ができるだけ平準化するような形で、これらの線区を組み合わせるという案を検討した。この案では、収益力の大きい路線が一部の地域に偏っているため、これらを各事業体の中核路線となるように分割すると、結果として旅客の流動実態に適合しなくなり、地域的に不自然な形の分割となってしまう。
国鉄時代の線区区分では、本線と称された東海道線は支線として山手線や赤羽線横浜線大阪環状線といった当時でも黒字であった路線を従えていた。これではあまりにも不公平だ。さらには、今日の山手線や赤羽線は別の線区区分である東北線との結び付きも強いので、仮にこのような分割が実施されていたら、東京という大都市で果たすべき交通機関の姿からは程遠くなっていたかもしれない。
さらに、新幹線が高速交通機関として果たす役割にかんがみ、その利用の一体性を確保する観点から、新幹線全体を一つの事業体とし、在来線を地域経済ブロック単位で分割する案についても検討した。しかしながら、この案では、在来線の事業体に安定経営のための基盤となる路線を持たないものが出てしまうほか、機能面から見ても新幹線のフィーダー機能を有する在来線については、新幹線と一体的に運営する方が望ましい場合がある点に問題を残す。
JR新幹線とJR東京、JR名古屋、JR大阪……という分割案はいまも支持されていると筆者は実感する。なぜなら、JR東日本JR東海JR西日本という本州のJR旅客会社3社であっても各社間に収益格差は存在するからだ。
収益格差の大きな要因となっている新幹線だけ分けてしまえという考えにも一理ある。それに、新幹線と在来線とを一体にと言っても首都圏や京阪神圏では東海道新幹線JR東海と在来線のJR東日本JR西日本とが別会社で特に一体となってはいない。
とはいえ、いま紹介したような分割方法では、整備新幹線の開業と引き換えに並行在来線の経営を分離するという方策は採用できないので、東北新幹線の盛岡―新青森間、北陸、九州、北海道の各新幹線はいまとは異なった経営形態で開業していたかもしれない。

JR各社が現在の姿になった背景

それでは、今日の分割方法がどのような根拠で定められたのかを答申書から引用しよう。
ア.現在の旅客流動の実態や鉄道輸送に課せられた今後の役割を考えると、首都圏や近畿圏などの大都市圏内交通の分野については、分割によって輸送量の多い旅客流動を分断することなくこれを一体的に経営する方が、サービスの低下を防ぐとともに分割に伴うコストを極力小さくする上で望ましい。また、新幹線に代表される都市間輸送の分野についても、サービスの向上等によって航空、高速道路等との激しい競争に耐え抜くためには、できる限り旅客流動のまとまりに配慮して分割すべきである。
イ.このような観点から、本州についての旅客流動のまとまりを見ると、
1)東京の国電区間を中心とする首都圏の交通と、首都圏と強い結びつきを有する東北地方及び甲信越地方の都市間の流動を担う東北・上越新幹線等を一体としたグループ
2)都市間輸送の分野では最も輸送量の多い首都圏と近畿圏の二大都市圏間の流動を担う東海道新幹線と、名古屋を中心としたまとまりを持つ中京圏の交通を一体としたグループ
3)京阪神国電区間を中心とする近畿圏の交通と、近畿圏との強い結びつきを有する西日本の都市間の流動を担う山陽新幹線等及び北陸地方とを一体としたグループ
の3つに大きく分けることができる。この場合の旅客流動のグループ内完結度は98%にも達する高いものとなっている。
また、北海道、四国、九州の3島については、旅客流動の地域内完結度が95%~99%とこれも極めて高い。
以上のことから考えて、本州については、上に述べた3つのグループに分けるとともに、北海道、四国、九州を分離した全国6地域に分割することが適切である。
貨物運送事業を旅客運送事業と切り離し、全国一元で営業を行うように分割した理由も見ていこう。
貨物部門については、貨物の流動実態や列車の運行実態、さらには業務運営のあり方等において旅客部門と事情が大きく異なっていることを十分考慮する必要がある。また、現在、客貨一体の運営体制の下で、経営責任が不明確となり、貨物部門の合理化・効率化を大きく遅らせ、結果として国鉄の経営全体にも悪影響を及ぼすなど様々な問題を生じていることにも留意すべきである。
このような事情にある鉄道貨物輸送が、将来にわたり相応の役割を果たしていくためには、経営責任を明確化し、貨物輸送にふさわしい経営施策を展開できるような体制を確立することが不可欠の条件である。このため、旅客部門を以下で述べるように分割(筆者注:現行のJR6旅客会社への分割)することを前提として、貨物部門については、旅客部門から経営を分離し、その事業特性に沿って全国一元的に鉄道貨物事業を運営できる独立した事業体とする。
 
こうして現在のJR各社が誕生した。委員会の意見はもっともだが、どことなく結論を先に決め、理由を後から付けたようにも感じられる。というのも、依然として旅客会社間での収益格差は大きいからだ。
実を言うと、委員会も国鉄をどのような形で分割しても「事業体間の収益格差ができるだけ平準化するよう」にという目標を達成することは難しいと考えていた。JR旅客会社間の収益格差は本州と北海道、四国、九州との間、本州でも3社の間では条件が異なるからだ。

新幹線で生まれる収益格差

現行の分割案を提案するにあたり、「安定的な経営基盤の確保については、別途の収益調整措置を講ずることによって担保する」として、JR北海道JR四国JR九州の3社が鉄道事業で生じた損失を経営安定基金の運用益で補う仕組みを講じる。一方、本州のJR旅客会社間の収益格差は新幹線鉄道保有機構を設けることで解決しようとした。
先に触れたとおり、収益格差は新幹線、それも東海道新幹線をどの会社が所有するかで生じるからだ。そこで、新幹線だけはJR旅客会社が所有せず、国が設置した機関の持ち物として、営業を行うJR旅客会社に貸し出せばよいと考える。
新幹線鉄道保有機構は、本州のJR旅客会社3社が各新幹線を買い取ることとした結果、役割を終えて1991年10月1日に廃止された。委員会が苦心の結果生み出した分割案はこの時点で崩れ去ってしまったと言ってよい。一方、JR貨物は、貨物運送専門で全国一元の組織として発足した。
委員会は国鉄の営業最終日となる1987年3月31日に解散した。その後のJR各社の動向について、委員各人の意見は聞かれたが、委員会としてどのような見解が出されたのかは知る由もない。


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