時速360km!JR東「超高速新幹線」の技術革命


JR東日本が2005~2009年に試験走行を実施したFASTECH360S(写真:alpha7000/PIXTA

時速360km実現のために技術検証が進行中

2019年春のデビューに向けて開発が進められているJR東日本の新幹線試験車両E956形ALFA-X(アルファエックス)。JR東日本の公式サイトでは「さらなる安全性・安定性の追求」「快適性の向上」「環境性能の向上」「メンテナンスの革新」をコンセプトとして、ビッグデータやAIなどを活用して開発を進めている。

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その中でも注目すべきは営業運転での最高時速360kmの可能性を技術的に検証するということだ。ALFA-Xの開発は次世代型新幹線のプロトタイプであると同時に、北海道新幹線の札幌延伸を視野に入れた技術開発も行う。その中には快適性や速達性といった要素もあり、時速360km運転もそのテーマの1つだ。
JR東日本の主力新幹線E5系(撮影:尾形文繁)

ところで最高時速360kmといえば、2005〜2009年にかけてJR東日本が高速試験車両E954形FASTECH(ファステック)360S(フル規格新幹線)、E955形FASTECH360Z(ミニ新幹線)による速度向上試験を実施したことがある。試験の結果、時速360km運転は実現しなかったものの、最高時速を320kmに引き上げて、営業用車両のE5系E6系が登場した経緯がある。
そこでFASTECH360の試験結果を振り返りながら、ALFA-Xが時速360kmを実現するために現在公表されている技術の考察と、新たに採用される技術の予想をしてみたい。
このFASTECH360による試験では、営業最高時速360kmに対していくつかの課題が残った。その1つが非常制動時の課題だ。新幹線に限った話ではないが、非常制動は停電時を考慮して基礎ブレーキのみで行うのが原則だ。
時速360kmからの非常制動距離の目標はE2系の時速275kmからの非常制動距離である4000m以内。これはスピードアップしても性能が悪化してはならないという現状非悪化のルールに基づくものだ。
FASTECH360は、非常制動時の発熱による反りが少ない中央締結方式ブレーキディスクと、反ったディスクに柔軟に接触して高い摩擦係数が得られる分割式ブレーキライニングを採用。さらに熱の影響を受けやすい油圧部品を取り除いて、新幹線初の空圧式ブレーキキャリパを採用した。さらに空気抵抗増加装置を搭載。車体にはネコミミとも呼ばれる抵抗板を格納し、非常制動時には空気シリンダを用いて屋根上に展開する構造とした。

ブレーキとパンタグラフ遮音板のフェールセーフ性

この空気抵抗増加装置の併用で時速360kmから4000m以内で停止させることができた。しかし空気抵抗増加装置の格納スペースが客室を圧迫することと、動作に空気シリンダを用いるためフェールセーフ性に課題が残った。ちなみにFASTECH360が基礎ブレーキ装置のみで4000m以内に停止できた初速は時速340km/hだった。
ALFA-Xでは新たに空力抵抗板ユニットを屋根上に搭載する。このユニットは互いに反対方向に展開する2枚の抵抗板をバランスギヤで連結して1組としたものだ。非常制動時は走行風を受けて立ち上がる抵抗板と連動して、もう1枚の抵抗板が反対向きに立ち上がり、これを走行風が押し下げようとすることで展開状態のバランスが保たれる仕組みだ。
メリットはロックを外すだけの無動力・無制御であり、フェールセーフ性に優れていることと、客室内を圧迫しないことだ。
FASTECH360の先頭形状は2種類あり、こちらは冒頭写真の形状とは異なる(写真:alpha7000/PIXTA)

さらにALFA-Xにはリニア式減速度増加装置も搭載される。これはいわゆる渦電流レールブレーキのことだ。台車枠に交流電磁石とインバータを搭載し、動作時にレールに近づけて渦電流を発生させて減速する。
レールブレーキはドイツ鉄道高速鉄道車両ICEでは常用されているものだ。JR東日本ドイツ鉄道との技術交流を1990年代から行っており、ICE用台車を試作した実績もある。
FASTECH360Zでは可動式パンタグラフ遮音板についての課題も残った。パンタグラフ遮音板はパンタグラフから発生する騒音を文字通り遮断する壁で、パンタグラフ左右の屋根上に立てられている。そのサイズはフル規格新幹線の車両限界ギリギリの高さがある大型のものだ。
しかし在来線の車両限界は新幹線よりもはるかに小さいため、大型のパンタグラフ遮音板を立てたまま在来線に入ることができない。そこでFASTECH360Zはパンタグラフ遮音板を可動式とし、在来線区間ではパンタグラフ遮音板を車体側面に格納した。
課題となったのはこの可動式パンタグラフ遮音板のフェールセーフ性。新幹線区間で故障した場合は在来線区間に入れず、逆に在来線区間で故障した場合には時速360kmで走行できなくなってしまうことにあった。
また、パンタグラフ遮音板を格納する部分には客室を設けることができず、車内レイアウトに制約が生じた。
E6系ではパンタグラフ遮音板を固定式とし、在来線の車両限界内に収まるサイズに小型化した。これが最高時速を320kmとした理由の1つと言われている。
ALFA-Xのミニ新幹線タイプについてはまだアナウンスはないが、おそらくは製造すると思われる。なおALFA-Xはシミュレーションを活用してパンタグラフの騒音発生要因を検討し、対策形状の風洞実験による評価や遮音、吸音手法の検討を併せて総合的な低騒音化の開発を行っており、新たな低騒音策が講じられるかもしれない。そして時速360km営業運転について大きな課題となったのが、新在併結編成が長大トンネルを通過する際に後位編成の先頭車が大きく振動することだ。

2019年春に登場

東北新幹線の運用上の特性として、フル規格新幹線と在来線直通ミニ新幹線を併結する運用が多い。この2編成の先頭車同士を連結する部分の車体断面積はいったん小さくなって再び大きくなるため、前位編成の先頭部が生み出す後流渦が後位編成の先頭車に作用し、車体の固有振動数と一致して車体を大きく揺らす現象が発生した。
FASTECH360ではフルアクティブサスペンションの高出力化と制御ロジックを改良することで、時速320kmでは良好な乗り心地レベルを確保することができた。しかし時速360kmではそのレベルまでには達していない。
ALFA-Xの先頭形状は2種類ある(画像:JR東日本
この振動を解決するためには、ALFA-Xで先頭部形状を見直す必要があるだろう。ALFA-Xでは2種類の先頭部形状を比較試験することになっていて、トンネル突入時の影響を含めた性能評価を行うと考えられる。
もちろんALFA-Xは時速360km運転だけでなく、安全性・安定性の向上策として地震対策左右動ダンパや地震対策クラッシャブルストッパを設けるほか、快適性向上策として上下制振装置の搭載や吸音性・静音性の向上、ブレーキディスク裏面フィンによる低騒音化、そして車両の各機器をモニタリングする装置を搭載して、故障を予知して事前にメンテナンスを行うCBM(状態基準保全)を実現するなど、さまざまな技術の検証が行われる。
ALFA-Xの登場は2019年春。それまでにどれほどの技術が明かされるのか楽しみではある。


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