東急社長が語る田園都市線混雑解消の「秘策」



首都圏屈指の混雑路線である東急田園都市線。混雑は緩和できるのか(写真:ニングル/PIXTA

都内に数ある鉄道沿線の中で東急田園都市線は「住みたい沿線」として高い人気を維持する。ところが、現在の東急田園都市線の混雑率は前年度より1ポイント悪化して185%。JR・地下鉄を除く私鉄ではワースト1位だ。
混雑率の高さで田園都市線を上回っていた小田急小田原線は、複々線化に伴うこの春のダイヤ改正で混雑率を151%まで改善。今や「座って通勤できる」が売りだ。沿線の魅力向上と通勤混雑の緩和という矛盾する命題をどう両立させるのか、4月に東京急行電鉄の社長に就任した髙橋和夫氏に聞いた。

駅のホーム数を増やすなど抜本策が必要

──田園都市線沿線の人口はさらに増えそうです。そうなるとラッシュ時は電車がさらに混雑しますが、その対策は?
髙橋和夫(たかはし かずお)/1957年生まれ。1980年一橋大学法学部卒業後、東京急行電鉄入社。人事・労政室長や経営企画室長などを経て、2018年4月から現職(撮影:大澤 誠)
混雑解消に向けて今までいろいろな取り組みをしてきたが、現実には想定していた以上に沿線人口が増えている。現状の取り組みだけでは追いつかない事態であることは認識している。
これまで、当社の沿線人口は2020年にピークアウトするという前提で計画を立ててきたので、言い方は難しいが、抜本的な対策を立てなくても逃げ切れると考えていた。しかし、沿線人口がさらに増加し続けるという予測が最近になって出てきた。そうなると、腰を据えた対策を取る必要がある。
国立社会保障・人口問題研究所が3月に発表した調査レポートによれば、従来は2020年が人口のピークとされていた東京都の人口は2030〜2035年まで増え続けるという。日本全体が人口減少時代に突入する中、東京だけはさらに10~15年間にわたって人口が増え続けるのだ。
しかも、田園都市線沿線の人口のピークは東京都のピークよりさらに後ろにずれる可能性がある。これは田園都市線の混雑率はますます高まることを意味する。東急はどのような対策を考えているのだろうか。
──腰を据えた対策というと、新線を造るとか?
いや、それはおそらく現実的ではない。駅のホーム数を増やすといったハード面の対策を検討する。ソフト面では時間帯をずらして乗車するとポイントが貯まる、といったことはすでに行っている。2016年からは、会員制サテライトシェアオフィス「NewWork」を沿線に整備して、ラッシュ時間帯はシェアオフィスで仕事をして混雑を避けるといったこともやっている。しかしこれだけでは足りないので、ソフトとハードの両方を組み合わせて中長期的にこの問題に取り組んでいかなくてはいけない。

──ホームの数を増やすというハード面の対策で、どのような効果があるのですか。
渋谷駅はホームが混雑し乗客の乗り降りに50秒程度かかっている。そのため後続電車が駅の手前で待たなくてはならず、列車が遅延する。これが輸送量の減少につながっている。ホームの数を増やせば、二つの番線から交互に発着できるようになり列車の本数を増やせる。

──検討は始まっているのですか。
もちろん。だが、当社だけでできる話ではない。地域と協力して進めることが必要だし、多額の費用もかかるのですべて自前ではできない。国の制度を活用することも考えなくてはならない。場合によっては、お客様に費用の一部をご負担いただく可能性もゼロではない。民意を形成するというプロセスはこれからだ。
田園都市線東京メトロ半蔵門線)渋谷駅のホームは1面2線しかないが、プラットホームを増設して東横線東京メトロ副都心線)渋谷駅のように2面4線化(あるいは2面3線化)できれば渋谷駅の乗降時間が短縮でき、その分だけ運行本数を増やすことができる。しかし、そもそもプラットホームを増設できる余地があるかどうか、周辺の地下の状況を調査する必要がある。

新型車両でも混雑率を引き下げていく

──今春から導入が始まった新型車両「2020系」も混雑緩和に貢献しそうですか。
東急が今春から導入を進める新型車両「2020系」(撮影:大澤 誠)
座席配置の工夫などで、旧型車両と比べ1編成あたりの定員を55人増やせる。今後5年くらいかけて新型車両に入れ替えていくので、混雑率を数パーセント程度だが引き下げることができる。

──今年の冬から大井町線で平日夜の座席指定サービスを開始しますが、その狙いは?
一つは、純粋に夜は座って帰りたいというニーズに応えるために着席サービスが必要だという点。もう一つは、混雑緩和策として田園都市線から大井町線に利用者を誘導する試みを続けているが、帰宅時に座って帰れる列車があるということが大井町線に乗ってもらう動機付けの一つになり得るという点だ。

──最近は新宿と渋谷の両方で使える京王電鉄の新型定期券「どっちーも」のように複数ルートで使える定期券が増えていますが、東急線でも行きと帰りでルートを使い分けは混雑緩和策になるのでは?
当然、検討メニューの中には入っている。

──昨年は電気系統の故障で長時間運休するなどのトラブルが続きました。
昨年の秋から緊急対策として、大量の人員を投入して重要箇所の点検を行い、補修等の予防保全措置を実施してきた。3月までに完了し、その後はお客様に大きな迷惑をかけるような輸送障害は起きていない。

──ホームドアの導入も進んでいます。
東横線田園都市線大井町線へのホームドア導入は相当前倒しでやっている。かつては2020年完了という目標を置いていたが、今は2019年度の全駅設置を目標にしている。
2015年に開発が完了した大型複合施設「二子玉川ライズ」は、オフィス部分に楽天本社が入居、平日はビジネスパーソンで賑わい、土日は憩いの場として沿線各地からファミリー層が訪れる。二子玉川東横線の自由が丘に匹敵する田園都市線の人気エリアとなった。2019年秋には南町田に大型商業施設「グランベリーパーク」の開業が控え、田園都市線の人気はますます高まりそうだ。

たまプラーザや二子玉川に磨きをかける

──沿線の魅力を今後、どう高めていきますか。
東急電鉄が開発した二子玉川ライズ。楽天が本社を構えるなど、人の流れが変わりつつある(撮影:大澤 誠)

渋谷の再開発は2020年までに8割方完成するが、すべてが完成するまでにはまだ何年もかかる。郊外では南町田の再開発が来年終わる。たまプラーザや二子玉川の再開発は終わっているが、さらに磨きをかけたい。一方で、多摩田園都市は開発から時間が経過しており、どう再生するかを考えていく必要がある。

──実際、郊外のニュータウンでは高齢化が進んでいます。
すでにリタイアした人には“駅近”のマンションに住み替えてもらい、空いた土地は若いファミリー層に住んでもらうといった世代循環型の構想を持っているが、なかなかうまくいかない。若い人だって駅近に住めるならそのほうがいいに決まっている。郊外には丘陵地帯も多く、坂の上り下りが大変なので、お年寄りが安心して暮らせるように移動手段を今以上に確保しないといけない。

──池上線は昨年10月に1日無料デーを実施したら、たくさんの人がやってきました。
五反田と蒲田を結ぶ東急池上線。東急は大田区と品川区と協力して、沿線の活性化に力を入れている(写真:東急電鉄

東京にお住まいの人でも実は池上線沿線を訪れたことがないという人は多い。でも池上本門寺も行ってみれば実に立派な建物。再発見する部分が多いのではないか。
池上線沿線は都心に近い割には地価が安く、便利で生活しやすいということで、最近見直されている。当社としてもあらためて見直しを行い、テーマを決めて投資している。

──東急沿線では、鉄道やストアのほかに、インターネット、ケーブルテレビ、さらに最近では電気やガスの小売りも東急が行うようになりました。
ケーブルテレビ、インターネット、電話を手掛ける「イッツコム」はエリア内133万の対象世帯のうち、91万世帯が加入している。2016年にスタートした電気は約10万世帯が加入、また7月から受け付け開始したガスはすでに1万人以上の人に申し込みいただいている。さまざまなインフラをワンセットで提供するという展開を今後も続けていきたい。
もちろん、何でもかんでも東急というは嫌だという人もいるだろうが、こうしたサービスでたまったポイントを電車やストアでの買い物などほかのサービスで使えるので、お客様から「便利だ」というご評価は頂いている。

──渋谷では、新たにできる「渋谷ストリーム」にアメリカのグーグルの日本法人本社が入居するなど、かつてのITの街「ビットバレー」の再来を予感します。
渋谷駅の側で建設が進む35階建ての超高層ビル「渋谷ストリーム」(右)。2018年秋の開業を目指している(記者撮影)

そういう面は確かにあるが、われわれが標榜しているのは、「エンターテインメントシティ渋谷」だ。渋谷の顔のすべてがITというわけではなく、もっといろんな要素がある面白い街にしたい。
もう一つ標榜しているのは「世界の渋谷」。IT企業、起業家そして起業家を支援するインキュベーターが集まってくると、その周辺に世界中から人が集まる。その意味ではIT企業は大きなファクターになる。

収益性が高ければ沿線外にも進出する

──ゲリラ豪雨による浸水が心配です。
渋谷はすり鉢の底のような低い場所にあるので、浸水対策を講じている。渋谷駅東口の地下に巨大な貯留槽を整備して大雨が降った際は貯留槽に一時的に水をため、天候が回復した後に排水するという仕組みを整えた。

──渋谷駅周辺は現在、再開発中ですが、迷路のようにわかりにくいという声もあります。
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工事中なので、昨日と今日では地上への出口が違うということも起きている。移動性もそうだが、バリアフリーについても利用者にご迷惑をおかけしている。しかし、再開発が終われば、田園都市線副都心線が走る地下2~3階から東京メトロ銀座線が走る地上3階までエレベーターやエスカレーターで結ばれるようになる。大変わかりやすく移動しやすいものになるので、利用者のみなさまにはご迷惑をおかけするが、もうしばらくお待ち頂きたい。

──近年は東南アジアでのマンション開発を進めていますが、鉄道事業の海外進出の可能性は?
沿線外で確実に収益が確保できそうな事業には積極的に進出する。海外における長期的な街づくり事業はその一つ。街ができれば、そこにバスや電車を走らせようという発想になるかもしれない。とはいえ、現地で鉄道運営のコンサルティングを行うといった程度なら否定はしないが、海外で鉄道を運行することまでは考えていない。



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